2010年07月10日

結婚の形態(1)

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夫婦関係から見たときに、人類の結婚形態を分類すると
□ 一夫一婦制
□ 一夫多妻制
□ 一妻多夫性 
という3種類の形態があります。
この制度もいろいろな「学問の色眼鏡」を通してみたときに非常に面白い姿を見せてくれます。
一夫多妻制とは、一人の夫がハーレムを形成している形態です。
このシステムは一人の優秀な遺伝子を、多くの女性に子供を産ませることによって、「生き残り率」を上げていこうというものです。
このシステムでは、当然遺伝子を残せない男も出現します。がそんなことは、自然はまったく頓着しておらず、とにかく強い男が勝ち抜く、非情な競争システムそのものなのですね。
このシステムは、熱帯雨林の高温多湿地域にもっとも多いといわれています。つまり、ウィルスやバクテリアの感染率が高く、人が死に易いからでしょう。

「英雄、色を好む」
ということわざがありますね。強い遺伝子を持った権力者の周りにはいつもハーレムが形成されていました。
ハーレムの住人の女性は一体どういう気持ちなんでしょう?
彼女たちは「殿」の男の子を身ごもることに心血を注いでいました。それは彼女たちの一族の繁栄の道でした。でも、それだけではないでしょう、というのが上昇志向の強い女性の見方です。
女性は少しでも強い男の遺伝子を残したいと願っているようなのです。
英雄が色を好む、というより「色が英雄を好む」が正しい、というのが彼女たちの意見であり、それは動物行動学の見方とも一致した考えなのですね。
つまり、「女性が強い男性を選ぶ」すシステムが一夫多妻制です。
強くない男性には、にがにがしいシステムですね。
では一妻多夫性はどうなのでしょうか?

[♡LA]Kee

2010年07月09日

結婚の形態(2)

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一妻多夫制についてはどうなんでしょう?
鳥類の約0.4%、哺乳類でも見られるが、動物全体的に少ない配偶システムで、人類において見られるのは、チベット、インドの南の一部北極圏、モンゴルなどで、実際には一妻多夫というよりは多夫多妻といったふうのようです。

形としては、メス同士が競争してオスを勝ち取り、子供ができるとメスはオスに子育てを任せて、次なるオスを探す形態です。まったく男女逆転しているのですね。
このシステムはオスが非常に少ない社会に働くようです。
チンパンジーなどだと、発情期でないメスに交尾をすることはできないために、発情しているメスは、周りに群がるオスをだれかれかまわず交わる乱婚になっているようです。
メスのお腹から生まれる子は、そうしたたくさんの種類の精子を受け取り、卵子の周りで争わせた上で生き残る強い遺伝子を持った子ができるというものですが、父性を指定することはできませんので、基本、子育てはメスだけの仕事になるわけです。

強い遺伝子を持った男性が、何らかの理由で非常に少ない地域ではそのようなシステムが働き始めるのでしょうか。
つい先日のテレビでも、現代の精子は非常に質が悪いというデータが各国で、特にデンマークで出ているという番組を作っていました。受精させることのできる良質な精子が、ここ5年で急激に減っているのです。原因は不明です。

ひょっとして、現代の地球は「強い遺伝子を持った男性が、何らかの理由で非常に少ない地域」に向かって驀進しているのでは・・・?という危惧を抱いたのは私だけではないでしょう。

実際、いろんな国のセックス調査でも、女性が経験する相手が「一人」という数は極めて希少です。婚外子の権利が、通常婚姻での子供と同等の権利を持つ国では、カップルが一緒にいる理由は殆ど「愛・セックス」のみでしょう。男女の愛が冷めたとき、さっさと分かれて次の相手と子供を作ります。女性は欲しい人数だけ、この男の子供なら欲しい、と思えば子供をじゃんじゃん生みます。
それが行き着けば、多夫多妻制といってもいいのかもしれませんね。

それにしても、人の子供が手と愛情をたっぷり受け取らなくては育たない性質上、そうカンタンに一妻多夫の状態が構築できるとは想像しにくいのですが、
どう思われますでしょうか?

[♡LA]Kee

2010年07月08日

結婚の形態(3)

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読者の男性Yさんからこんなご意見をいただきました。
「日本人は、セックスレス及び結婚しないのは
日本人が、狩猟民族でないことに、由来するのではないでしょうか?
元々、行動力がある人間=セックスに強いと思っています。
元々、農耕民族で行動力に乏しく、閉塞感の世の中で
セックスする気力を失っているのでしょう。
逆をいうと、セックスを楽しむ人間が増えると
日本も元気になるような気がします。」

Yさんの周りは幸い「強い遺伝子」を持たれた方が多いようで何より!すばらしいです!!

ところで、狩猟民族といえば、「大陸」を思いうかべますね。
同じモンゴロイドなのにチンギス・ハーンを代表とする、大陸でも寒冷地にいる彼らは、狩猟民族そのものです。
狩猟民族の宿命といいますか、生き残る道は版図の拡大にあります。
痩せた土地を気長に開墾するよりは、いつも豊穣な土地を捜し求めて移動するのですね。
ですから、女性に関しても同じなのでしょう。常に豊穣な子孫を残す健康で若い子宮を求めるということなのでしょうか。

脳内活動からすると、活動的に動き回っている状態はドーパミンを殖やし、男性ホルモンも高レベルにあるに違いありません。それは女性を求める脳内物質と同じものですから、つまるところ、「英雄は色を好む」は正しいのでしょうね。

一夫多妻制は、人類の自然現象なのかもしれません。
でも、現代の先進諸国では一夫一婦制をとることが殆どです。
「文化・文明が制度を定めた」のですね。自然に抗う行為、それが人としての尊厳だ、と主張しているかのようにみえます。

この一夫一婦制が始まったのは数百万年前だったと人類学者は言っています。
進化に伴い、人類が二足歩行を始めたときに、産道が狭くなり、人の子は未熟児で生まれるほか無くなった。未熟児なので母親一人では育てられないために誰かと協力して子育てをする必要が出た。その誰かとは子供の父親であることが合理的だ。どうやって子供の父親だとわかるのか?常に女の傍にいて他の男と交わらないように見張っている。つまり、女が産む子は自分の子。というわけで一夫一婦制であることが必要になった・・・

人の子は成長するまでに非常に手も時間もかかるんですね。
子供を育てるためには夫婦協力がどうしても必要だ、ということです。
子供を育てるには手と時間だけではなく、たっぷりの愛情も必要です。
手厚いケアを子供は求めるわけです。実際に私たちオトナもそうして育ってきました。
父親が愛情を持って子供を育てる協力をするためには、やはり、「自分に似た子供」つまり、自分の遺伝子を引き継いでいることが非常に大事なことなのでしょうね。
一夫一婦制は非常に人間らしいシステムにも思えてきますね。

でもYさんの言われるように、今の日本は「気力を失っている」ようにも見えます。
実際に男性の「健康な精子量」はここ5年で急速に減っているし、男性が男性であるためのY染色体は、長い年月を経て縮小傾向にあるというのです。
哺乳類の中でも「処女懐胎」をし、実際に卵がかえった例もあるというのですよ(汗
危うし、男性。

[♡LA]Kee

2010年07月07日

結婚の様式(1)

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協力して子育てをするためにつがいを形成しました。
それは基本的に、精子を与えた男と、それを受け取った女がつがった一夫一妻だったはずです。
つがいを形成したときから3年〜4年で「恋愛」状態はさめてゆく、という研究があります。
その脳内事象は何を意味するかというと、フィッシャー博士いわく「子供に手がかからなくなり、夫は必ずしも妻子を守る必要がなくなったから。」
妻への恋ごころが冷めて、次なる子孫繁栄行動を起こすということなのでしょうか。

結婚の様式には大きく分けて二つあります。
□ 交叉婚
□ 勇士婚

勇士婚とは嫁取り婚のことです。狩猟―牧畜―遊牧部族にとって、部族とその周辺の境目で起きる闘争が一つの大きな生き残りのテーマになっています。
外側との「外交」「闘争」が部族を生かしてゆく大きな仕事になります。
それは男の仕事でしたし、部族の中でも強い男が力を持っていました。
そして、強い遺伝子を残そうとする、つまり、女自身も繁栄の可能性がある男に集中するのでしょう。男女のというよりも社会の利害が一致しハーレム(首雄集中婚)が形成されるのですね。
一つの社会を形成する部族は、外の社会、外の部族と関係していく上で、闘争が激しい場合は、男の中に序列が出来上がりこの婚姻様式になるようです。

動物で言うと、ゴリラがこのような結婚形態を持っています。
この場合、優位なオスはメスの二倍も大きい体躯を持ち、逆にペニスは3センチほどだそうな。(ちっちゃ!
それは、ゴリラのヒエラルキー社会では、メスを他のオスと張り合うことがないためだといわれています。発達させるべきところを発達させているということです。

問題は、一人の強い男にたくさんの女が群がるので、あぶれる男が大量に発生するということですね。

[LA]Kee

2010年07月06日

結婚の様式(2)

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一夫多妻は、お金があったり、権力があったり、力が強かったりするものが競争に勝った末に勝ち取るものなのでしょうね。
だから、競争に負けた男はいわゆる「性欠乏」に陥りますし、即ち子孫が立ち消えて淘汰されてしまいます。
もともと闘争の世界に生きるのがオスであり、よく死ぬのでしょう。

そういえば、精子には受精役と戦争役があるそうです。他の精子やばい菌をやっつける、酵素攻撃をして闘う役と、卵子と結ばれるための役割を担うものに分かれるそうです。
卵子と結ばれる精子は「ハーレムの主」であり、あぶれた男は兵隊なんでしょうか。

あ、あんまりですね・・。自然って酷い。

闘いやんで、平和が訪れたとき、結婚の形態も変わってくるようです。
たとえば、採取・漁労を主とする部族では「総遇婚」が採られます。
みんなで仲良く性充足しましょう♪というものです。乱婚状態であり、チンパンジーなどはこの形式です。

そうすることで集団をまとめていくための不満因子をなくして、部族の結束を高めるという、政治的な匂いもしますね。
みんな仲良く性を共有することで、人口は増えていきます。平和でもあるからでしょう。
人口が増えると細かいグループに分かれていく過程で「兄弟婚」という様式も現れます。
母系族内での婚姻です。母は自分の子がはっきりとわかりますから、母系集団(氏族)ができます。この血縁関係内での総遇婚が「兄弟婚」です。

さらに集団が大きくなり、繋がりそれでいて平和裏にまとまるために他氏族との婚姻によって外交がなされたのですね。これが「交叉婚」なんですね。
交叉婚のはじめは、男が他氏族の女の下へ通う「夜這い」です。
この「通い婚」。源氏物語を見ると詳しい様子がわかりますね。
長期滞在する形になるとやがて本格的な母系社会「婿取り婚」になってゆきます。
採取・漁労社会では一貫してこうした母系集団を保っていたようですね。

このように、基本的に採取・漁労である日本人の婚姻様式ははじめ、乱婚であったということですが、いつ、一夫一妻というように変転していったのでしょう?

[♡LA]Kee

2010年07月05日

結婚の目的

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「交叉婚」とは母系集団の婿取り婚であり「勇士婚」とは男系集団の嫁取り婚です。

縄文時代、大陸から多くの渡来人がやってきて婚姻形式が変わってきた、ということが言われています。渡来人=男系集団と見るわけですね。
力の強大なものは、その遺伝子をとにかく残そうという人類の不思議な知恵が働いているのでしょうか。
母系集団で、母方の系統を維持していく形では不都合な点が遺伝子的にはあるようです。科学的に発見されたそれらのことを知らないときから、嫁とり婚になってゆくんですね。

つまり、男性の染色体はXYで女性の染色体はXXで構成されていると理科で習いましたよね。そのX染色体は、世代を経るごとに前の遺伝子は合成されて別のものに変化してゆくのですね。Y染色体は特殊で、男性から男性へコピペなのです。突然変異とかと別なことがない限り同じ性質の遺伝子がそのままコピーされます。

日本は万世一系の天皇家を象徴に戴いていますが、1500年以上男系の血を継いでいる家系をもつ、地球上でたった一つの珍しい国家なんですね。イギリスでせいぜい500年といわれています。
「女帝」がいてもいいのです。在位してもいいのですが、そうやって凌ぎつつ天皇のY染色体を遺伝した男性を延々と1500年以上輩出した奇跡!

婚姻形態や様式は、人種、民族、その社会が何を目的としているかによって「それぞれ」であるということが、よっくわかりますね。
「男が活躍し、その力と勇気を前面に出す社会は男系集団を作り、嫁取り婚」になり
「男が平和に過ごし、力が平均化した場合社会は母系集団を作り、婿取り婚」になるという傾向がありますね。

現に、平和といわれる現代の様相は、母系社会への回帰を感じませんか?
「娘が子を生むと実家に入り浸りになる」
「ダンナと折り合いが悪いなら、いつでも子供を連れてかえってきてイインダヨ」
「息子は嫁にとられた」
「息子は嫁の実家に取られた」
「老後の面倒見てもらうなら、嫁より娘だね〜」
こんなこと、親戚の一人や二人から良く聞く話だし、ご近所の奥さんが嘆いたりしています。

社会が不安定だったころ、戦争があり、みんなが貧しくて、人質みたいな結婚をして、って言うころは「一度結婚して家を出たなら、二度とこの家の敷居はまたぐな。」と送り出されたものだったと聞いているけれども。

それにしても、一夫一妻である必然性がまるで見えてきません。
それが、現代の結婚システムになっている以上何らかのメリットや必然性があるはずです。


[♡LA]Kee

2010年07月04日

一夫一婦制の起源

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結婚というのは社会のシステムにとても影響されるものだということがわかります。
「結婚というのはその社会を潤滑に運営していくための制度」
なんですね。結婚それ自体が社会参加ということなんですね。

通い婚であったころでも、婿の定住する場所が「正妻の実家」でした。
そのほかに何件かの通う場所を持っているのが貴族の通常生活だったようです。
夜離れ(よがれ)たり、空閨が続くと、そのスキを縫って他の男が忍び込むこともあったようです。と、いいつつ貴族の姫の家にカンタンには忍び込めませんので案内役の女中がいたり、女性側(親ぐるみ?)の確信犯であることが多いのでしょう。

源氏物語でもいろいろな身分やシチュエーションが語られています。
基本的な形式は一夫多妻の婿取り婚。その内状は不倫あり、不義の子育てあり。
通い婚って、情を契ってから、それからどう進展するか・・・、身分が違えば愛人か一回ぽっきりという賭けのようなところがあります。まず、情を交し合うのですね。
女性が一家を支えねばならない部分があります。実家の父母の力が弱かったり亡くなったりしていると、家の娘が、壊れた屋根を直したり、使用人を雇ったりして家を維持する面倒を見てくれる夫を捕まえねばならないわけです。
惚れたはれただけの話では、貴族の姫君は生きていけません。
今も昔も、自分で収入を得る術のない人は別の方法で生計を立てる必要があるんです。
結婚は経済活動そのものなんですね。

縄文時代、男の力にさほどの差がない場合、イメージとしてはムラの無礼講のように?乱婚的であった男女が、部族―氏族の外側との軋轢や摩擦の強い時代は内側のまとまりが必要となり、秩序が出来上がってきます。
つまり男の間に序列ができ、男に力の差が生じます。そのときに多くの妻子を養う力を持った男の周りにたくさんの女が集まる一夫多妻になります。
ひょっとしたら妻子を養う器量のない男は、お姫様の空閨を埋める役割もしていたかもしれません。
それにしても、社会が複雑になると単なる一夫多妻制だけでは、経済機能としてうまく働かないようになります。正妻、その他の妻、時々通う身分違いの女、数にも入れられない宮仕えの女・・・という風に正妻だけは特別な地位になりますし、結婚のために実家同士のキチンとした手順も踏みます。そのほかの妻に関しては、結婚の手順はありますが、披露宴のように公に発表するようなことはなかったようです。

「愛しているから結婚する」のではなくて
「部族、氏族、家同士の繁栄のために結婚する」
それが制度としての結婚の目的なのですね。

一夫多妻制は明治31年一夫一婦制が民法によって制定されるまで続くことになります。
そうですね。
つまり、外圧によってむりむり?しぶしぶ?一夫一婦制を受け入れたのです。
直接的な外圧ではありませんが、貞操観念を重視するキリスト教の宣教師によって日本にもたらされたこと、日本が推し進めた急激な西洋化に伴い人権思想、男女同権、男女平等という思想が日本に流入したこと、そういったことが一夫一婦制へのレールを敷いていったようです。

一夫一婦制は宗教的、思想的、ヒューマニズムの観点から成り立った制度なのです。
そういえば仏教も淫らなことに関しては戒めています。
「不邪淫」は5戒のひとつなのですね。
でも、仏教が伝来してもまったく一夫多妻を止めなかった日本人でした。
なぜ、同じように貞操観念を押し出しているにもかかわらずこのような違いを生じたのかを少し考えます。


[♡LA]Kee

2010年07月03日

貞操を守る理由

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「婚姻相手と相続人を作るための行為以外のセックスは淫らであり悪である」
教会で作られたそのような観念がキリスト教圏の人々を縛り付けていたのですね。
この時点では「セックスの目的は子作り」でした。
それに風穴を開けていったのがアングロサクソン人だったのです。
19世紀後半から「恋愛」が「性愛」につながっていくようになりました。

帝国主義という優勝劣敗原理の社会ですから、女性も財産として「パワー」の所有物であったのですね。「妻」という名において。
ですから、その時点で妻は子供を生み育て、家の財産を守る人です。
子供を生み終わったら、男のエロスは家の外にあったようです。
男の力が強大になるにつれ、女性の処女性は「より高位な妻」になるために非常に重要で高価値なものになります。できるだけ高貴な地位を獲得するために、処女は家の宝物として何重にも重ねられた箱の中にしまわれていました。
そういう状況ですから、若い男女は高貴であればあるほど不用意に恋愛などできません。
男の恋愛相手は「既婚女性」か「娼婦」だったのです。宮廷恋愛とは一人の既婚女性をめぐって騎士同士が決闘をするというのが定番だったようです。

現実(帝国主義)と理想(宗教)との折り合いをつけることは、いじめっ子が人をいじめつつ、「僕は悪い子」といって自分の手をたたくというようなことだったんでしょうかね。
版図を広げる惨い戦争を贖罪するための宗教
懺悔、悔告というようなシステムがキリスト教にあったから、精神が壊れず救われた人も多かったでしょうね。その場では、自分が為したありとあらゆる「性的な悪さ」についても告白されたということです。個人の日常の性生活が明るみ出る場所でした。罪深きもの、それは人なり。
一夫一婦制を教会が推進したのは、女性を巻き込むためには必要な「教義」だったからではないでしょうか。宗教が広がるとき、女性の、横に広がる資質がとても重要です。
いかに力支配、男性支配の世とはいえ、人口の約半分は女性で、そして、力のためには「数」も必要でしたから。「数」を産む女性が心身ともに健康でなければならないのです。
一夫多妻のために苦しむ女性もたくさんいたことでしょう。
動物と違うところは、人には豊かな感情が備わっていることです。
自分の操を捧げて惚れた男が、他の女と一緒にいるなんて許せないのです。
正妻が、夫の寵をほしいままにする妾を殺してしまうなんてことは別に珍しいことではなかったのです。一夫一婦制にして夫にも貞操を要求できるなら、妻にとっては嬉しいことだったでしょうね。キリスト教は女性の意を汲んで大きくなったともいえるのではないでしょうか。

で、日本ではどうなっていたのでしょう。
貞操観念が強くなっていったのは、やはり武力を持つ武士の天下になる過程であったようです。そして、力の強い男たちが国取り合戦をして、所領を増やしてく段階で、家の「奥」は閉鎖され性と財産を管理するようになっていったのですね。
間男によろめいた妻が、夫の寝首を掻きよそ者に所領を分捕られるということが起きてはならないですから。

日本に仏教が伝来し、広まったのは聖徳太子の功績といわれていますね。
聖徳太子は日本の屋台骨を作った人ですから、彼の家庭生活のあり方にもおのずと日本人は影響を受けたでしょう。
仏教には、在家の信者が守るべき5つの戒があります。
「殺すなかれ・盗むなかれ・人の妻、人の夫と淫にふけるなかれ・うそをつくなかれ・酒・タバコはのむなかれ」というもので、不邪淫というのが性生活の規範を示しています。
彼自身は当時の実力者の慣例として4人の妃を持っていました。夫婦生活である以上セックスが問題視されることは特になかったわけです。なかでも愛した一人の妃をもち、結婚生活と愛情生活が一致していたようです。

仏教において、出家者の不邪淫戒を非常にまじめに受け取った人として親鸞がいます。
彼もパウロと同じように性欲という煩悩に悩まされます。
彼は尊敬する聖徳太子が夢のお告げにより、六角堂にこもり、そのときに夢に現れた観世音菩薩を犯すのです。
観世音菩薩は、あなたはやがて女犯の罪を犯すでしょうと予言します。しかし、そのことを思い煩ってはならない。私が玉女となってあなたに抱かれ、その罪をすすごう。結婚もするがよい。そのことを世間の人に伝えてゆくべきだ、と説きます。
彼は山をおり、恵信という尼僧と出会って結婚します。恵信は観世音菩薩に生き写しだったといわれています。

西欧で暗い中世の同じころ、日本においては聖職者に性への憎悪は生じなかったということです。
もともと「いいとこどり」「都合のいいように解釈」「教義を生活に飲み込んで変えていく」
というような生活重視の知恵が日本人には身についていました。
頭だけで考えることを信用していない節が見えます。
神道に、型はあってもさしたる教義がないように、「教え」だけを信じることができないようです。空気支配といわれる由縁ですね。つまり、耳学問だけのものを庶民は信用しないのです。
四季が巡る美しい自然の中で育まれた感性・皮膚感覚が優れているのしょう。万物に宿る意識(神々)と話し、その意を皮膚で感じる日本人です。

こんな風に日本の風土、宗教への態度の違い、民族としての性質が「外圧」と触れ合うときに働きかけ、作り出すものを他の民族とはちがうものにしたのでしょうね。

貞操観念と問うて財産保全と解くのが欧米人的だとすると、日本人は
「貞操観念と問うて財産共有と解く。
その心は、私はあなたであり、あなたは私であるという融合性・共同性がある」

一夫一婦制を見てみましたが、欧米と日本とでは男女の関係性がかなり異なっているようですね。

[♡LA]Kee

性の怨念

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キリスト教圏で一夫一婦制は推進され奨励され、強制されたとされています。
ではイエスのことばとしてそのようなものがあったのかどうか?
キリストのことばとして「・・故に男は父母の下を離れ、妻に忠実であるべし。」というものが残っていますが、強い戒告というものではなかったようです。

男の希求として、遺伝子を含めた自分の財産を、確実に相続させ維持保存するというものがあります。
万世一系が実現するのは、男系においてだということは、遺伝子の研究でわかってきていることです。Y染色体の性質を持っている男性は、よいものを「保存」し「継続」するという役割も担っているのでしょう。伝統とか古いものへの回帰が強いのはそのせいでもあるのかもしれません。男性は基本、保守的だといえます。だからこそ、文化というものがこの世に存在し、私たち人類を豊かに満たしてくれるのですね。
改革派・革新派である共産主義の統治下に文化は育ちにくいのです。
母系社会であったころ、それほど執着しなかった「自分のコピー」が、俄然大切になったのは世の中に力の差が発生して秩序、序列ができ、それを維持したい気持ちが出たからでしょう。権力を持てば、自分の確実な遺伝子を作るための「完全に囲われ続けた、他の男の手がついていない、自分の子をなす女性」を必要としたのです。処女でなければ、女が他の男のお子を胎に宿しているかもしれないし、結婚後も自由に恋愛をするならば、その胎の子が自分の子かどうかわからない。だから、男子禁制のハーレムに囲ったのですね。

ハーレムを形成するとき、女は略奪されました。生物的には、ほうっておけば「強い男になびくのが女」という定説ですが、社会的には、戦闘を重ねてきた部族、民族の結婚手法は「略奪」でした。戦闘に負けた方は「賊軍」となり集団で奴隷になりました。
略奪婚がやがては証人や仲介人をつけるようになってゆくのですね。
多くは信じる神が証人になったのです。
神が男女ともに貞節であることをよしとしたことや、ハーレムの中にも女同士の序列が生じ、「正室」「側室」というように、たくさんの息子に相続の順位を決める必要が出てきたことが、一夫一婦制への序章になったのですね。

決定的だったのは、性、に対する意識でした。
キリスト教圏において、性道徳に重大な影響を及ぼしたのはパウロだといいます。
彼はキリスト教に対してはじめは異を唱えていましたが、あるとき絶対的な信者になります。プラトニクスの影響も受け、肉体否定的な思想にキリストの無償の愛が折り重なって、まじめでまっすぐな彼はそれを実行しようとします。しかし、彼は非常に男性的な資質の持ち主だったのでしょう、性欲を抑えることに時には卒倒するほどの非常な苦しみを味わいます。

この肉体は単なる精神の乗り物に過ぎないはずだ。なのに、この体の中心から突き上げてくる衝動は何なのだ。それを処理しきれない私は何なのだ。

その苦しみの解決をしないままに亡くなったのです。
キリスト教はやがてローマの国教に認定され、その権勢を発揮してゆくようになります。
教会の力が最強になった中世には「嫡出の相続人を産む行為以外はどんな性行為も禁止され、「宣教師の体位」以外は罰せられた。」というほどの怨念に満ちた教会の性に対する弾圧が行われるようになるのです。
パウロ以下、良心と性欲の狭間で苦しんだ聖職者たちの積もる怨念。
それは魔女狩りや、性暴力が自分に向かうマゾ的な行為や、教会内のセックス、汚職、様々な膿のようなものになって中世を暗く沈んだものにしました。

1534年イングランド国教会の最高の長にヘンリー[世が認定されます。
これは、彼の後の妻であるアン・ブーリンが夫に「奥さんと離婚できないなら、あなたの妻にはならない」と求婚を断ったことに端を発するものでした。当時の教会は離婚を認めませんでした。アンを手に入れるためにローマ教会から宗教的に独立したイングランドだったのです。そのことが、それまで教会が国家や国民の生活に対して持っていた掌握力を緩めた最初の出来事になりました。

アンの「わがまま」が中世の教会支配の壁に風穴を開けたのです。

[♡LA]Kee

2010年07月01日

セックスの容認

フェミニストの方々がなぜあのように激しく男に対して怒り心頭に発しているのかな?
そのことを常々不思議に思っていました。

パリエット・ギルバート氏が語るフェミニズム運動とは
「欲望を理解し、語り合い、自分を信じ、愛する人が愛してくれることを求めることができるほど自分を愛し、束縛、傷つけ、損害を与える社会構造を変え続けること。要求をし、怒り、喜び、主張し続けること」だとし、功績として女同士の意識が共有できたことといいます。
ラッセル氏曰く「私にとって近代のフェミニズムの重要な課題とは、セックスを容認し、宣言すること」

―女は虐げられてきた。暴力も受けた。略奪されレイプもされた。労働や対価やカラダを搾取され続けてきた。自由な行動も、自由は発言も制限された、云々。女ゆえに。
女ゆえのトラウマに悩み自分を「くだらないもの」と卑下した―

そのような悲鳴のような叫びを聞いた思いがしました。
フェミニズムの原点は、力ずくでマンホールの中に押し込められた女たちの叫びが、ワンワンとうなりをあげて地中から突き上げてくるような、そんな、女の反乱のように思えます。
山の動く日きたる
与謝野晶子は、日本のフェミニズム雑誌でそう言いました。
マグマが地中から噴出すような、恐ろしげな地響き。

「男が勝手に決めつけたこと」への苛立ちから、ありのままの女性の心と体の発露を願ったフェミニズムの運動なのだろうとおもいます。
特に、コーカサイドで遊牧民の女たちは男に対していきり立ち、反発し、嫌悪し、軽蔑し、ジダンダ踏んで悔しがる。
権力
腕力
知力
あらゆる「力」で女をねじ伏せる態度にたいして鳥肌がたっているのでしょう。

近代フェミニズムは、1789年のフランス革命で人権宣言が採決されたが、男性のみを対象としたことを受けての抗議行動として1791年『女性市民の権利宣言』を発表したことに端を発しました。人間の権利がみな平等にあるならば、女性だって生来の権利があるはずだということです。
遊牧民は特に力に序列を作る社会でしたから、序列の末席を預かるものは虐げられるという不平等を生じます。そして、序列の末席とは奴隷であり、女性であったのでしょう。遊牧民族の始まりから18世紀の終わりまで、力のないものは我慢に我慢を重ねたのでしょう。遊牧民に民主的な社会が生まれることにそれほどの時間が必要だったということでしょうか。

日本が武力社会へと移行していくとき、性・所領・使用人など財産管理を妻である「奥」に任せるようになって武士の一夫一婦制が身についていったようです。家の財産を管理し運営、経営することは主人一人では立ち行かなかったのでしょう。財産の共同運営者として一夫一婦制の妻が存在しました。
妻は、家の「奥」に関する結構な権限を与えられていたのです。子を産むための側室を選ぶ権限やお蔵の鍵を預かる権限や使用人を雇う権限やもちろん台所の権限など。
イギリス貴族の主婦は、大きな宮殿の主人として家事一切を取り仕切る家庭経営者でもあります。ただ、財産管理を任せられることは少なかったのかもしれません。

財布を妻に預けないこと

これってひょっとしてものすごく重要かもしれません。
夫がその親から譲り受けたり自らの働きで作った大切な財産の管理を妻が任されることもあった日本と違い、欧米では財産管理を妻に任せなかったことが、欧米人女性の、男性に対する積年の恨みつらみの根源なのではないのでしょうか。

―夫婦の働きの対価であるはずの財産や収入を夫一人が管理している。
妻は自由にそれを使えない。妻は家に縛り付けられている。夫の言うなりである。
こんな生活ならば奴隷とさして変わりがないではないか?―

司馬遼太郎さんの一文に『女は遊べ物語』というのがあります。
戦国武士とその「奥」のお話。奥は贅沢大好きで夫が仕事に出兵するときも謳って遊んで着物を買って・・・とお金がかかる。また一反着物を買ってしまったの〜と大喜びの奥の横顔を見つつ「今度の戦で、頑張っていい首をとってくるか」とため息をつきながら戦に出かける夫・・・とまあそんな内容だったと思います。女が遊べば、男は稼ぐというのがよい、と。

考えてみれば、戦国時代、人質として嫁した娘たちは実家が危機の時には、夫の寝首を掻くことさえ要求されたのです。また、実家の反逆のために夫に殺されることもあったでしょう。夫婦はそのとき、腹を探り合う敵であったはずです。そんなときでも情を交わし、心根を交し合って夫婦の絆を築く場合もたくさんあったのです。「お互いを開城しあう」ということ。
戦国時代にはそうした覚悟の決まった女が生息していたでしょうが、享楽的な女も当然ながらいたことでしょう。享楽的というよりは、明るく笑って生活をすることが常に死と隣り合わせの時代のオアシスであったということも言えるでしょう。
どちらにしても、「家」を存続・発展させるという共同目的や作業のために夫であり妻という個人がいたのですね。そして、二人の間は「開場している」状態で、財産としては交じり合ってる感があります。

なぜ、欧米とのそのような違いを生じるのか?
日本が、平安時代を経験しているということが重要だったのではないかと思うのです。

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